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自転車の話

一人の時間を愛おしく感じる時がある。

長い時間を集団の中で生きていると、自分が何のためにそこにいるのかがわからなくなる時がある。特に何かしらの二次会では。

だから一人になりたい時がよく訪れる。

集合時間の直前まで待ち合わせ場所近くのベンチで一人で時間を潰したり、団体で手配したバスに乗らず一人で自転車で移動したりする。


自転車は孤独を運ぶ。

去年の夏の終わりの頃だった。

朝5時に起き寝惚け眼支度を始めた。暗い窓からはポツポツと雨音が聞こえた。

それでも構わなかった。アンダーウェアを着込み、荷物の中身はビニール袋に包み、それを愛車に取り付けていく。

愛車のクロスバイクに跨ぎ、ゆっくりとペダルを踏みギアを丁寧に上げていく。ペダルを漕ぐのは疲れるが、それ以上に風が身体を扇いでいるが気持ちいい。

孤独はいい。自分がペダルを踏んでさえいればいずれ目的地に辿り着く。

孤独はいい。誰も自分の行動を邪魔する者は居ない。

そんなことを考えているうちに、サングラスに当たっていた雨はいつの間にか消え、道路は黒色から灰色へと衣替えを済ませていた。

時速20kmで孤独は国道を突き進む。一方、集団は何倍ものスピードで自分のすぐ横を追い抜かす。

追い抜かれるのは明白。だが意地を張って力任せにペダルを踏んでみる。チェーンが軋む音が自分を包んだ。

次第に身体が熱を帯び、背中は汗ばむ。呼吸も乱れてきた。それでも構わない。ただひたすらに前を見つめ足を動かす。

でもケイデンスを上げたところで集団には追い越すどころかも追い付けこともできなかった。

足は疲れたと言ってので、ペダルを踏む込むのをやめた。それでもしばらく車輪は地面を這い続けていた。

車輪がヨロヨロと力を失い自立できなくなるまで行方を見届けようかとも思ったが、目の前に現れた赤の信号によって自分はブレーキレバーを引いた。

信号機は集団である。

集団は信頼し合い生きている。

そして、自分の真後ろにある道路も集団である。
自分は車道の縁を進んできた。車は自分のすぐ脇を駆け抜けて行った。
でも自分は身に迫った危険は察知しなかった。5mもない幅を鉄の塊が時速60kmで突き進んできたというのに。

いつでも自分は集団の中に居る。

そんなことを考えていると信号は緑へと変わっていた。

そしてまた、ゆっくりとペダルを踏みギアを丁寧に上げていく。

早く集団へ加わるために。

熱い首を風が冷やす。

 


そんな日を思い出した。

もうすぐ春がくる。